高田修三の空想科学雑談

高田修三が、幾分か科学的に、好き勝手空想する。

「顔よりも大切なもの」ショートショート

僕には先天性相貌失認という障害がある。
簡単にいえば、視覚には問題がないのに、人の顔を区別できない障害だ。
といわれても健常者の人には想像しにくいから例えをあげてみる。
牧場にいる牛や豚や羊を思い浮かべてみると良い。
みんな同じ顔に見えることだろう。でも牛や豚や羊だって、人間と同じように千差万別の顔をしているのだ。ただ健常者でも、見慣れていないから区別がつかないのだ。牧場等で働いていて、動物の顔を見慣れている人は、区別がつく。あの牛は「太郎」だこの牛は「花子」だ、といった具合に。
ただ僕には牛や豚や羊がみんな同じ顔をしているように見えるのと同様に、人の顔もみんな同じに見えるのだ!

この障害のせいで僕の人生はさんざん苦労した、人の顔すらまともに覚えられない馬鹿と軽蔑されつづけた・・・
「障害は神様からの贈り物」などという言葉を聞いたことがある。ふざけるな!何が贈り物だ。それが事実だとしたら、なんという意地悪な神様なのだろうか。

僕は今、大学生だ。地元とは遠く離れた大学に通っている。今までの人生をリセットするためだ。人の顔の違いが分からなくても、人を見分ける方法はいくつかある。その人の体格や声、さらには匂い等である。服装や髪形もその人の個性が出るが、日によって変わってしまうので、この判断基準は注意が必要だ。
僕は、この、視覚以外で人を見分ける能力をなんとか身に付けた。そのおかげで、この障害のことを、大学の他のクラスメートには誰にもばれていない

「ねえ、今何をしているの?」
図書館で勉強中の僕に女性が、話しかけてきた。
彼女は英語の授業のクラスメートだ。

「ああ、今英語の予習をしているんだ」
僕は平静を装って答えた。
僕は彼女のことが好きだ。
彼女の体格は、世の中の平均的な女性と同じような感じである。匂いは、香水ではない、女性特有というか彼女特有のなんだか良いにおいがする。
そして彼女の声、話し方、そして性格が好きだ。
彼女はどんな顔をしているのだろうか?美しい人なのだろうか?それとも醜い人なのだろうか?
もし彼女が美しい人で、僕の障害がばれてしまったら「私のこの美しい顔が他の大勢の女の顔と同じに見えるっていうの?冗談じゃないわ!」などと言われてしまうのだろうか?
わからない。ただ、なんとしても彼女にだけには、この障害はばれないようにしなくては。今までの経験上、僕が人の顔の見分けがつかないことに気づいた人は、みんな軽蔑してきたから。彼女にだけには軽蔑されたくない!

「ねえちょっと聞いていい?」
彼女は言った
「私のことを見る時、すごくじーーーっと見ていない?どうして?」

僕はギョッとした。
僕は彼女のことが好きだ。だからなんとしても彼女と他の女性を間違えないように、彼女の外見の個性を見極めようとしてきた。でも彼女の体格は一見すると、平均的だ。だから彼女の体格の特徴をなんとか捉えようとして、じっくり見た。すると彼女の体格は平均的な女性よりは幾分か、がっしりしているかのように見えることが最近わかってきた。
そして彼女をじっくり見てきた、もう一つの理由は、彼女ことが好きで、純粋に見つめていたかったから。好きな人のことは、たとえ、顔が分からなくてもじっと見てみたいものだから・・・

彼女が僕に顔を近づけてきて言った
「ねえ、もしかして私のこと好きなの?」

僕はもう驚き困惑してしまった。
どうすればいい?今もう彼女のことを好きであること伝えてしまうか?でもこの障害のことがある。もしこの障害の事がばれてしまったら、彼女に嫌われしまうかもしれない。それが怖くて僕は、ただ彼女のことを眺めているという選択肢を選んでいたのだ

僕がどぎまぎし続けていると、彼女はやがて涙を浮かべながら言った。
「私のこと、好きなわけないよね・・・」
「だって私、ずっと、幼いころからブサイクブサイクと罵られてきたんだもの・・・」
「でも私はあなたのことが好き!」

え!?僕あまりのことのに、驚きおののいてしまった。
でも、すぐに覚悟は決まった。

「僕も君のことが好きだよ。顔のことなんてどうでもいいんだ。だって僕は生まれつき、人の顔の区別がつかない障害を持っているからさ」

彼女は驚いた
「え?!」

僕は続けて言った
「僕が君の事を好きになったのは、君の顔じゃあないんだ。君のその声、穏やかな口調、そして優しい性格に惚れたんだ!」
「君は僕にとって世界で最も美しい女性だよ」

彼女は大泣きしながら言った
「よかったあ。ありがとお・・・・」

彼女と僕は無事結ばれた。

僕は思った。僕のこの障害は、容姿のことで悩む彼女と、僕とを引き合わせるために、神様が送ってくれたプレゼントなのではないかと。