高田修三の空想科学雑談

高田修三が、幾分か科学的に、好き勝手空想する。

連載小説 「永遠なる命へ 2」

早速、研究病院に、純也は入院することになった。
病院の受付で、自分が不老不死プロジェクトの被験者であることを告げると
受付をしていた医療事務員は、驚いた様子だった
「他の者が案内しますので少々お待ちください」
純也はそう言われてしばらく、待合室のソファの上で座って待っていた。
すると、白衣を着た女性が来て
田中純也様ですね。お待ちしておりました。では案内いたしますので」
と、とてもはきはきした口調て言った。
彼女に案内されて、病院の中を少し歩き回って、ひとつだけベッドがある広い個室にたどり着いた。
「では、こちらでお待ちください。このプロジェクトの最高責任者がこちらに伺いますので。」
彼女はそういうと、姿勢の良い歩き方で去っていった。
純也はベッドの上に腰掛けて、待っていた。

すると一人の男が部屋に入ってきた。
白衣を着ていて、革の鞄を持っていた。年齢は40歳くらいだろうか?
中肉中背で、顔はどことなく知性を感じさせた
「どうも不老不死研究所の所長の勅使河原です。」
その男、勅使河原は言った。
「あ、こちらころそよろしくお願いいたします」
純也は慌てて答える。
「これから君は1年以上この研究に付き合ってもらうよ」
「はい。でも本当に不老不死になんてなれるのでしょうか?」
「そう、その話をしようと思ったんだ、多少長くなるが、付き合ってくれるかな?]
「はい、わかりました」
どんな話をされるのかと、不安と期待が入り混じった感覚がした
「君は、大和川を知っているか?」
想像もしなかった質問に純也はきょとんとした
「いえ、知らないです。でも大和川っていう名前だから、
そうとう古くから日本人に知られた川なんですよね?」
「そうだ。日本書紀古事記にも登場する。
ところでこの川が今も大和川と言われていることに何か違和感を感じないか?」
「え?・・・・ネーミングセンスが古いとかですか?」
「他には?」
「他ですか?・・・えーとすみません思いつきません」
すると勅使河原はニッコリと微笑んだ
「いや、いいんだ。まさに千数百年前から、大和川大和川で有り続けている事実が肝心なのだ」
純也には、話がどんな方向に向かっているのか、全くわからなくなっていった
勅使河原は、そんな純也には構わず、また質問を投げかける
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、という一節を知っているか?」
「いえ、すみません知りません」
「これは、日本の古典の一つである、方丈記に出てくる一節だ
ゆく河の水の絶える事がなく流れ続ける状態にあって、それでいて、それぞれのもともとの水ではないと訳せる
もう少し詳しく説明しようか。
川があるよね。その川はずっと川で有り続ける。川を構成するのは水である。
ところがこの水は、常に流れていて、新しい水が供給される。
千年を超える歴史を持つ大和川の水は、まったく変わらないかというともちろんそうじゃない
上流から下流まで水が流れるれて、すっかりその川の水が入れ替わってしまうのは
数日か数週間で、ほんの僅かな期間だ。
それでも大和川大和川で有り続けたんだ。
そして、この川の理論は。人間にも当てはまるんだ」
純也は、その奇抜な理論にも驚かされた。
勅使河原はなおも続ける
「例えば人間の皮膚。
時間が経つと、垢がでるだろう、古い皮膚が剥がれ、その下には新しい皮膚細胞が生まれている
一ヶ月も経てば、皮膚はすっかり入れ替わってしまう。
その他の臓器も同じだ、細胞分裂を繰り返して、1年も経てば入れ替わってしまう。
よく日本人は、久しぶりに人に会った時に、(お変わりありませんね)などというが
細胞レベルで見れば、お変わりありまくりなのである」
勅使河原は自分のこめかみを指さした
「一番問題なのは脳である。
脳細胞は、胎児の間に細胞分裂して、出生すると、一生の間、細胞分裂はしない
ところがだね」
そう言って勅使河原は、ひと呼吸をおいて、ふっと笑みを浮かべて言う
「ところがもっと細かいレベル、分子、原子レベルで見てみると、大変重要な事実がわかるんだ
脳細胞は、分裂しないから、生まれた時から、まったく不変なものなのかというと、決してそうではない。
古い分子、原子を排出して、新しい分子、原子を取り入れている。
脳も、川と一緒さ。常に入れ替わっているんだ」
「じゃあ 自分 というものを維持して証明してくれるのはなんなんですか?!」
ずっと黙っていた、純也は思わず、浮かんできた疑問を、勅使河原にぶつけた。
勅使河原は、待っていましたとばかりに、余裕げに答える
「多くの人は、自己同一性を担保してくれるのは、変わらないことだと思っている
だが、それは完全な誤りだ。
人間の、体、そして脳は、常に更新されているといっていい。
破壊と創造、その絶妙なバランスのもとで成り立つ連続性こそが、自己同一性を担保してくれるのだ」
純也は勅使河原の考えに、圧倒された
「では、僕は一体どうすればいいのでしょうか?」
「脳は、分子原子レベルでは入れ替わっているとさっきは言ったね。
普通の人間は。食事をする
そうして外部から取り入れたものを取り入れて、古いものを排出する
普通の食事で得られる物質では、細胞は時が経つにつれて老化する。
だから代わりに、超小型のナノマシンを、細胞に吸収させる
純也は驚いた
「そ、そんなことが・・・・?」
「可能なのだよ。」勅使河原が間髪を入れず答える
いや、私、そして私と一緒に研究してくれたメンバーがそれを可能にしたと言ったほうがいいかな。
もちろん、例えば普通に、シリコンなどを食べても、排出されるだけだ。
だが、巧妙に脳細胞に取り入れられてくれる原子レベルのナノマシンを開発した。
君は、この病院にしばらく、入院して、私達が提供する、普通の食事を食べて
また別の時間に点滴を受けてもらう。その点滴の中にはナノマシンが入っている。
ナノマシンはたくみに細胞に吸収される。脳細胞みたいに分裂しない細胞には、どんどんナノマシンの割合が高くなる
細胞分裂する細胞も一緒だ。細胞分裂したとき新たな細胞の方に、ナノマシンは残るようになっている。
そうやって、少しずつしかし確実に『入れ替える』ことをするんだ
これを1年間続ける。
そうすれば、君は完全にナノマシンに入れ替わるんだ。
おめでとう、これで日本人が世界で初めて永遠の命の完成させたことになる。」
勅使河原は、自慢げに笑みを浮かべていた。
それに対して純也は
「それって人間なのですか?
 それは僕なのですか?」
勅使河原は答える
「そうだね。人間というか超人間と言ったほうがいいかも知れない。
でも君が君であることに変わりはないよ。君に注入するナノマシンは、人間の細胞の本来の動きと全く同じ働きをするものだけだからね」
「そうですか・・・・」
純也は不思議な気持ちだったが、とりあえず納得したような振りをするしかなかった。

「じゃあ早速、同意書にサインしてくれるかな?」
勅使河原は、カバンから同意書を出した。
「あ、はい」
純也は、モヤに包まれた気持ちでありながら、もう後には引けないだろうと思い、同意書にサインをした。
「じゃあ、さっそくプロジェクト開始だ」
勅使河原は嬉しそうに言った。
「え、さっそくですか?」
「もちろんだよ。今からナノマシン入の点滴を持ってくるから、またもう少し待っていて」
「はい・・・・」
ここに来る前から、覚悟は決めていたが、やはり実際にプロジェクト開始となると、緊張と不安に襲われる。
勅使河原は部屋を出て行った。
しばしの時間が経った。
彼が、部屋に入ってきた。点滴を持ってきて。
その点滴は赤く濁っていた。
「これがナノマシン入の点滴ですか?」
「そう。人間の体と同じ色になるように設計した。
人間の外見は、肌の色だが、中身、つまり内蔵や筋肉は赤色だ。
だからナノマシンも、赤色のを一番多くした。
これで、君の体が全部『入れ替わって』も肌の色は、今と変わらないし
内蔵も筋肉も変わらない。
さて・・・・」
そういうと勅使河原は、注射を出した。
純也はギクッとした。
「少しだけ、痛いけど我慢してね」
針が純也の腕に刺される。
そして注射針と点滴を繋がれた。
点滴の中身が、自分の中に入ってくると
(これで本当に後戻りはできなくなったんだな・・・・)
彼は今度こそ覚悟を決めた