高田修三の空想科学雑談

高田修三が、幾分か科学的に、好き勝手空想する。

連載小説 「永遠なる命へ 4 無神論」

「君の話はだいたいわかったよ」ジョン・スミスは落ち着いた口調で言った
「ユクカワノ、ミズワ・・・・とかなんとか、日本の昔の歌を引き合いに出して
僕たちが、今住んでいてるカリフォルニア州サクラメント川の水は、常に入れ替わっているけど
サクラメント川というものは、存在し続けている
人間もつまるところ、それと同じというわけだね。
「そうよ」ジュリア・サンドバーグは満足気にうなづいた。
「それでこのプロジェクトは日本も進めているの。
でも私たちがやることと、日本側と決定的に違うところは。
彼ら日本人は、物理的な肉体をこの、物理の世界に残そうとするのに対して
私たちは、脳だけを残して、肉体は、完全に電脳空間に移行させることなの」
「なんだって?」ようやく彼女の話を理解して、落ち着きを取り戻した彼だったが
またも驚かされることになった。
「やれやれ、きみはまだ僕を脅かしたりないのかい?」
彼はややうんざりした口調で言う
「べつにあなたを困らせるためじゃないのよ」
彼女は、くちをむっと突き出して、少し不満げな表情をした。
彼は、普段は知性的な彼女の時折見せる、そんな無邪気な仕草が、純粋に可愛く思えた。
彼女は続ける
「心だとか精神だとか知性と言われるものが、脳の中にあることは、もう完全にわかっているわ
ただ、その脳単体だけではなにもできないの。
だから、映像を取り入れる目、や音声を取り入れる耳といったインターフェイスを備えて、
外部からの情報を取り入れて、そして手や足という、実際に行動をするための肉体を備えたの」
「うんそこまでは理解できる」
彼は頷いた
「人間の体は全身に神経が張り巡らされているの。
神経は電気信号によって情報を伝えるの
電気信号と言ってなにか、ピンと来ない?
そう、人間の神経は機械と同じく電気によって情報の処理を行っているの。
手や足はもちろん、目からの情報を司る視神経も、耳の聴神経だって、電気信号なの
もちろん嗅覚、触覚、味覚もね。
だから、脳に直接、適切な装置で、適切な電気信号を与えれば、
感覚器官なしで、感覚を得ることが可能なの」
「それもわかる」彼が遮った「だが脳だけの存在になるなんて、なんとも恐ろしいことだよ
脳の意識ははっきりしている。だけど真っ暗で何も聞こえない世界で永遠に生き続けるというオチの
怖い話を聞いたことがあるし、脳に電気信号を与えると言ったって、滅茶苦茶に、電気を与えたら
苦痛の世界を永遠に生き続けるかも知れないんだぞ!」
興奮してきた彼に対して、彼女は落ち着き払っていた。
「それに対しては大丈夫。あなた子供の時はビデオゲームをやったことはあるわよね?」
「そりゃああるけど・・・・?」
ビデオゲームの世界は、コンピューターグラフィックスによって作られた仮想の世界。
はじめころのビデオゲームの画像も音声も、ドットがはっきりしていて、音はピコピコといった感じの
極めて低レベルなものだった。
でも今はどう?もう完全に現実の世界と違いがわからないぐらいに精巧にできてるじゃない。
私たちは、これからピュターグラフィックスで作られた、コンピューターの世界の中に生き続けるのよ
盲目の人でも視覚を取り戻せる義眼は、もういまあるし
難聴の人でも聴覚を取り戻せる補聴器はもうある。
視覚と聴覚は、脳に直接電気信号を送って、実際にはない光景を、目の前に広がらせて、ないはずの音を聴かせることも
もうずっと以前から可能になっていたの。
だからコンピューターグラフィックスでつくられれた、ビデオゲームみたいな世界で、現実みたいな生活を
ることは決して不可能じゃないわ
もちろん、もう味覚、触覚、嗅覚を、再現する技術も、もう完成しているわ。それらも感じられるようにするつもり」
彼女は一気にまくしたてた
「ふむ・・・」
かれは考え込んだ。そして少しの間をおいて口を開いた
「現時点でも気になることは二つあるよ
一つは倫理の問題だ。
視覚の技術も、聴覚の技術も、障害を持つ人を救うという名目から始まった技術だ
その技術を、永遠の命で、仮想の世界で暮らすために使うことに、周りからどんな倫理の批判を受けるかわからないよ」
それを聞いたジュリアは、ああといって、肩を落として言う
「その点に対しては大丈夫よ
新しい技術が生まれるたびに、倫理の壁にぶつかってきた。
でもほとんどは、その壁を乗り越えてきた。
この不老不死プロジェクトには、全米、いえ全世界が注目しているわ
おそらくまず、大統領生命倫理委員会から最初に、お声がかかるでしょうね。
この行為は倫理的に許されるのか?とね
でも私は、その場では絶対他人を論破するわ。その自信はある」
「そ、そうか・・・・もうひとつの気になることは
仮想の世界に住むということだよ。
これを実際にやった人はいない。
いったいどんな感じになるんだ?
不確定要素が多すぎるよ」
「それに対しても心配いらないの。
とりあえず、仮想世界の上に家をつくるわ
この家は、私だけでなく、私が創った財団のメンバーが、極めて精巧に作り上げるわ
外見はもちろん、持っているコップの手を放せば、そのコップは重量に従って落ちる
そしてそのコップは、床と衝突して粉々に割れる。そのように動くようにちゃんとプログラムさせる
まったく現実の世界と変わらないような、物理法則が働く世界をつくりあげるの」
「それでも・・・」
なお納得がいかなさそうに彼が言う。
「まだ、何かひっかかることがあるの?
 だったら遠慮なく言ってちょうだい。このことは、はっきり納得してもらいたいから」
「なら言わせてもらうよ。一番引っかかているのは永遠の命を得るなどということは、神に背くことになるのではないかという、恐れを感じるんだ」
そう、ジョンが言うと、急にジュリアは目つきを鋭くした
「あなたは神なんていうものを信じるの?」
「う、うん。確固たる信念があるわけではないけど、漠然と、どこか我々を見守ってくれる存在があるような気がするんだ」
「そんなものはないわ」ジュリアはバッサリと彼の言葉を否定して「私の過去は何度もあなたには話したけど。今もう一度話させてもらうわ。
私には、3歳年下の弟、トムがいた。私は彼のことを本当に愛していたし、彼も間違いなく私を愛していたわ。
よく、私が作ったゲームで一緒に遊んでいたわ。『お姉ちゃんの作るゲームは最高だよ』と何度も言ってくれた。
でもそんな愛しいトムは、9歳の時に命を奪われた。
酒で酔っ払った男が、自動車の自動運転機能を解除して、自分でハンドルを握って街中をカーレースみたいに暴走した。
私はその時、弟と手をつないで歩いていた。もちろん歩道の上よ?次の瞬間、弟はその車に轢かれた。
車の速度は時速100キロをはるかに超えていた。
弟は遥か何十メートル先に吹っ飛ばされた。即死だった。
私は今でのあの時の体験をまざまざと思い出せるわ」
彼女の表情はどんどん険しくなっていった
「弟の手に引っ張られて、私も前のめりに、少しふわっと浮いて、倒れた。
初めは何が起こったかは全くわからなかった。
でも、弟が自分の手からいなくなったことと、前に全面が大破して煙を上げている自動車が止まっているのを見て何が起こったかすぐに想像が付いたわ。
そして弟を探しに、前に向かって走っていった。
そして見つけたの『かつては弟だったそれ』を。
ああ、愛しいトム。それがあんなにも無残な姿になって・・・
私は必死に、彼の肉片、特に脳をかき集めて、たまたまバッグに入っていた、ビニールに入れたわ
周りから見れば、私は狂った少女に見えたでしょうね。
でもそれくらい、ショックだったのよ」

ジョンは、ジュリアからは、弟を交通事故で亡くしたという話は聞いていたが
これほどまでに生々しく詳細に、話をされるのは初めてだった
「葬式で、弟が入った棺桶が土に埋められる時に、みんなに聞いたわ。
どうして弟がこんな目に会わなければならないの?
弟はもう戻ってこないの?
みんな黙ったままだった。
そしたら父が口を開いてこういったのよ
『仕方がない、これも運命なのだから』と
私は聞いたわ、運命って何?って。
父は『神が決めた事』と答えたのよ。
神が決めたこと?!
愛しい愛しい、なんの罪もないトムの命を奪うことが、神が決めた事だなんて!
私は信じられなかった。
葬式が終わったあとも、当然納得なんかいくわけもない。
私は毎日、神というものを想像して祈ったの
(神様、なぜトムの命を奪ったのですか?お願いですから、愛しい我が弟を返してください)とね
毎日毎日毎日・・・・
でも、もちろん、弟が帰ってくることなんてことはなかった。
それからよ、私は神などというものを信じなくなったのは
そして私は科学だけを信じるようになった。
自分で、弟の生前のデータ、会話記録などをプログラミングして、まるで本物の弟のように振舞う人工知能を完成させたわ。13歳の時ね
もちろんそれで、弟が帰ってきたわけではない。でも、それでいくらかは、私の心は紛れた。
少なくとも、なんら答えも出してくれない、神とやらよりは、よっぽど科学の方が役に立つと感じたの。
この人工知能を、他の人が、他人の生前のデータを入力すれば、その人のように振舞ってくれるソフトウェアを『ラバター』と名づけて、インターネットで売ることにしたの」
「無料でそのソフトウェアを配らなかったのかい?」
ジョンが話に割り込んだ。
しかしジュリアは「もう、その時には私には計画があったから」と不敵な笑みを浮かべた。「ソフトウェアを売ったら、大反響だったわ。
(愛する人を失って、ずっと絶望に打ちひしがれていたけど、救われました)といった反応が多数帰ってきた。
そうして私は科学の力を信じるようになったの
そして私は飛び級で、シリコンバレーの中心に存在するスタンフォード大学に16歳に入学したの。
コンピューターサイエンスを学ぶためにね。
でも私は、弟を失ってから、ただひたすら科学の探求だけをしてきたわけではないの。
ずっと走っていたら、息切れしてしまうでしょう。たまには息抜きも必要だと思ってテニス部に入部したの」
「そうなんだ、そこで君と僕とは出会った」
「そうね、私初めてあなたを見た時に・・・その今だから告白するけど、顔や仕草なんかが、弟のトムに似ているような気がしたの」
「弟のトム君が亡くなったのは9歳の時だろう?僕が君と出会った時は20歳だったよ」
「そうよ。でももしトムが生きて大人になっていたらという想像が思い浮かんだの。
でも勘違いしないでね。今もあなたを、弟の代わりだとかは思ってないわ
純粋にあなた自身のことが好きなの」
そう言われると、ジョンはなんと照れくさい気になった。
「そ、そうか。ところで君は18歳の時に起業したよね?
 君の仕事には僕みたいな凡人は一切関わるべきでないと思って、口出しをしなかったけど
IT企業だよね」
「そうよ。IT総合企業。この会社を設立する元手に『ラバター』を売って得た資金を使ったの。
ちなみにスタンフォード大学の学費も自分で払ったわ」
「そうか!だから『ラバター』を無料で配布せず、有料で売ったのか。ということは・・・」
「そうよ13歳の時にはもう将来、ITで起業する決意でいたわ」
「そしてITビジネスで、あげた利益を元手に不老不死財団を設立することも・・・?」
「ええ」
「君という人は・・・」
ジョンはただただ驚嘆するばかりだった。
「私は永遠に死にたくない。でも私だけ死ななくても、そのうちまわりの人は死んでしまう。愛する人も
 私はもう愛する人が亡くなる経験をしたくないのよ」
ジュリアは悲しげな表情でそう言うと、ジョンの手を握って
「お願い。神なんか信じるより、科学の力を信じて」
と懇願してきた。
その表情は、ジョンにはなんとも美しく見えた。
類まれなる知性を持ち、それでいて美しい彼女
そんな彼女が、自分なんかのことを、ここまで想ってくれている・・・
「神はやはりいると思うよ」
ジョンがそう言うと、ジュリアの顔が曇った
「ジュリア・サンドバーグという女神がね」
ジョンはそう言ったが、ジュリアはあっけにとられていた。
「わからないかい?君のプロジェクトに参加するよという意味だよ」
ジョンは微笑んでそう言うと、ジュリアはすぐ彼の言葉の真意を理解して
「もう、ジョン、悪いユーモアはやめてよ。
でも嬉しい。ようやく私と一緒の道を歩むことを決めたのね」
と大喜びした
「ああ」とジョンは答えた。
大喜びしている彼女を見て、ますます愛しくなった。
自分たち二人がやろうとしていることは、もしかしたら本当に許されないことなのかも知れない
いつか地獄に落ちるからもしれないかもとふっと思った
でも彼女と一緒なら、地獄でも奈落にでも落ちてやろうと思った

ジョンは覚悟を決めたのだ。