高田修三の空想科学雑談

高田修三が、幾分か科学的に、好き勝手空想する。

伊藤計劃 「虐殺器官」

軍事政治哲学に関する知識や知恵と、詩的な感性とが結びついた時、このような作品が生まれるのでしょうか?傑作です。間違いありません。

主人公である、アメリカ情報軍の特殊部隊員、クラヴィス・シェパードの視点で物語は進んでいきます。
舞台は2020年くらいでしょうか。その世界を想定した色々な科学技術、軍事技術の発想には舌を巻くばかりです。「この人は科学者かそれに類する職の人ではないか?」と思ったぐらいです(SF作家も、その職の類に入るのかもしれませんが)
世界中で、起こる虐殺の嵐の中で次々と任務をこなしていく主人公。やがて虐殺の場所には、かならず、ジョン・ポールという男がいることが判明します。そしてこのジョンポールを追っていくというのが、大きな話の流れです。このジョンポールという男が抱える謎というのもなかなか興味深かったです。
また話を進めていくうちにいくつか、はさまれている薀蓄もとても勉強になりました

この作品で、何よりも印象的だったのが、話の合間に挿入される、昔の主人公と主人公の母とのエピソードです。
主人公の母は、交通事故で「ほぼ」脳死状態になりました。このほぼ脳死状態というのが、とても難解な疑問を、主人公に投げかけます。「母は生きていると言えるのか、それとも死んでいると言えるのか」その判断、つまり生命維持装置の電源を切る権利は、主人公に委ねられます。結果として主人公は「はい」と答え、母は正式に息を引き取りました。
しかしそのことについて主人公はずっと悩み続けます。ここらへんの話の、語り口は非常に、詩的、哲学的(というか実際に哲学ですね)そして繊細な語り口で、小説というものを読んでいてよかったと思わせる、出来栄えです。

初めはいきなりグロテスクな表現から始まるので、とっかかりにくいかもしれませんが、少し読み始めれば、この作品の壮絶な世界観の魅力の虜になること間違いなしです。